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2008.09.27 (Sat)

リケルメのように

「もし、僕がサッカー選手だったら…」

とても素敵な言葉だと思う。
僕はこの言葉を、もう何度頭の中で反芻し、何度酒を飲みながら友人に呟いたかわからない。この歳になってそう呟くことは、叶わなかった夢への憧れと同時に、諦めてしまったもの悲しさがある。それは不毛な想像かもしれない。幼稚な考えかもしれない。それでも、ふとした時考えてしまう。もし、僕がサッカー選手だったら…

小さな頃、まだサッカーのルールすらまともに知らない頃、僕はボールを持つと、絶対に誰にも渡したくはなかった。
敵はもとより味方にもだ。点を決めることよりも、アシストをすることよりも、ボールを一秒でも長く保持していることの方が重要だった。
「どうしてパスをしないんだ!」
そんなことを言われても理由なんてなかった。とにかく、ボールに触っているのが大好きだった。

中学で部活動としてサッカーをするようになり、ボールを持ちすぎることがいかに危険で、いかに効率が悪いかを学んだ。現代サッカーに於いて、球離れの悪さは選手生命に影響する。いかにスピーディーで正確なプレーをするかが求められているのだ。世界中を見渡しても、ボールを持つことが許される選手は絶無といって良い。

そんな中でファン・ロマン・リケルメという選手がいる。
彼は試合中、ほとんどダッシュをすることがない。プレースピードは遅く、運動量も少なく、守備に関していえば「いないも同然」といえる。現代サッカーに於ける攻撃の担い手として、それはあまりにも致命的な欠陥だ。
しかしながら、彼には芝を刈り取るようなスルーパスがあった。足の長さを生かした美しいボールキープがあった。正確無比でよく曲がるフリーキックがあった。

初めて彼を見た時、僕はまるで20年前のサッカーを見ているような感覚に陥った。
チーム全体が、ボールを持つとまず彼を見る。彼はボールを好きなだけ足裏で転がし、展開してゆく。時折繰り出す強烈なミドルシュートと、右足しか使わない柔らかいボールキープ。それは、時間、そしてスペースという概念を全く気にしない、奔放でエゴイスティックな、しかしながらどこか楽しげな、現在進行形のサッカーとはまるで真逆の、時間に逆行したプレースタイルだった。

00年のトヨタカップは今でも鮮明に覚えている。リケルメ擁する南米王者ボカ・ジュニアーズ。対するは欧州王者レアル・マドリード。この90分間、彼はあのマケレレとエルゲラを相手に、一度もボールを奪われることがなかった。好きなだけボールを持ち続け、そして美しいスルーパスを何度も前線に送った。この試合、ボカは2−1で欧州王者を打ち砕く。その時のリケルメの笑顔が、未だに忘れられない。

サッカーを始めたばかりの子供達にとっては、「ボールを持ち続ける」ということが最大のアイデンティティーである。思えば、初めはみんなそうだったはずだ、一心不乱にボールを追いかけていたはずだ。彼はまるで、それをそのまま大切に育てながら大人になったようだ。そのスタイルはどんなに時代とミスマッチでも、どんなに周りから批判され糾弾されようとも、決して変わらなかった。そして、これからも変わることがないのだろう。




「もし、僕がサッカー選手だったら…」



さて、
僕はこの言葉を、もう何度頭の中で反芻し、何度酒を飲みながら友人に呟いたかわからない。この歳になってそう呟くことは、叶わなかった夢への憧れと同時に、諦めてしまったもの悲しさがある。それは不毛な想像かもしれない。幼稚な考えかもしれない。それでも、ふとした時考えてしまう。もし、僕がサッカー選手だったら…ファン・ロマン・リケルメのようになりたい、と。



riquelme.jpg







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