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子ども達、果たして悪魔か天使か

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.26 2008 ノスタルジー comment(-) trackback(-)

クロノ・トリガー・ノスタルジー

懐かしいゲームを借りてきた。
クロノ・トリガーだ。僕の青春である。

たしか小学4年か5年だったように思う。当時、スーパーファミコンのソフトは、大体どれも1万円前後と高価なものだったから、年に4、5本も買ってもらえれば良い方である。そんな中でこの作品は発売と同時に無理を言って買ってもらったように記憶している。

とにかくあの頃の僕ときたら、本当に多くの時間をゲームに費やしていた。
山と海と夕日と石油コンビナートに囲まれた小さいながらも密な共同体で、通う小学校の生徒数は12人、両親が共働きの一人っ子、そのような状況でゲームをしない訳がない。だから僕は本当に多くの時間をゲームに費やしていた。それだけで何も要らなかった。世界は僕の思うがままだった。

いつからだろうか、積極的にゲームをやらなくなったのは。ゲームにかける情熱と時間があまりにも不毛だという事に気付いたのだろうか。グラフィックの向上により、失われた意匠に絶望したのだろうか。色気づいたのだろうか。時間がないのだろうか。答えは、そのどれもであるように思う。

しかし本当にいつからだろう。ゲームに対するリテラシーは向上したものの、それと引き換えに何かを失ってしまったような気がする。畢竟するに、ゲームが最もそのゲームらしさを発揮するのは、子供が一人でブラウン管に対面している瞬間では無いだろうか。そう考えると、小学生の頃、毎日ゲームをしていた自分がとても懐かしく、そして羨ましく思える。

さて、このクロノ・トリガー。僕は大好きな作品である。大好きなはずなのに、その内容については非常に断片的である。ちらほらと印象深いシーンと音楽はよぎるものの、どんな内容かと尋ねられると、さっぱりなのだ。どうしたって浮かんでくるのは、えもいわれぬノスタルジーと、すごくおもしろかった!という実に短絡的な感想でしかない。

ともあれ、僕はスーパーファミコンを収納から引っ張りだし、プレイしてみる事にした。ACアダプタの重さに驚きつつ、カートリッジをはめて、パチンだ。テクノロジーとおもちゃの中間のような、スーファミ独特のフォルムにうっとりしていると、確かに聞き覚えのある音楽、見覚えのある映像、しかしどこかピンと来ない。確か最初は女の子に会いにいくんだっけ。ああ、このでかいロボットを倒すんだな。

マールという女の子を仲間にしてルッカに会いに行った。するとイベントが始まり、マールは異次元に吸い込まれてしまう。ここまでのシナリオ運びがあまりにも雑で、説明不足で、思わず笑ってしまった。このシーンに疑問を持たなかった昔の自分を誉めてあげたい。

異次元に吸い込まれてしまったマールを追って、主人公も異次元に身を投げる。幾何学模様を並べた異空間の描写があって、暗転。次の瞬間、突如として開けた世界に、その音楽と風景に、僕の胸は強烈に締め付けられた。

「風の憧憬だ」

郷愁が襲う。あの頃、僕はベッドに寝そべって、確かにこの曲を聴いていた。足下には猫がいた。窓から差し込む西日。その西日に反射して浮き立つ埃。はっきりと思い出せる。

しばらく画面を見つめたのち、僕は静かにリセットボタンを押した。
何故だか、これ以上進める気にはなれなかった。



.06 2008 コラム comment0 trackback0
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