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http://blogs.yahoo.co.jp/uemoto_tokumei
.05 2011 ノスタルジー comment0 trackback1

さよなら、OKOME blog

二年に渡り更新したりしなかったり、しょうもないクズ人間の自意識ばかり書き連ねてきましたが、今回でここを終わりにしようと思います。理由は色々とありますが、もう僕も24歳ですから、働いたりしなければなりません。今まで自由奔放に色んな人に迷惑を掛けてだらだらと生きてきましたが、そのツケが今、一気に回ってきたようです。もう変わらなければいけない。

かつて僕はお笑い芸人になるつもりでした。漫画家になるつもりでした。小説家になるつもりでした。ミュージシャンになるつもりでした。自分には才能があると思っていました。全くおかしな話だけれど、根拠もなく思っていました。いつまでも夢の続きであることだけを願っていました。

世界にはこんなにも読むべき本があって、見るべきものがあって、愛すべき人たちがいるのに、僕はそれだけでは満足できなかったのです。僕が欲しいものはいつだって絶対に手に入らないものばかりで、だからいつしか僕は欠乏を求めるようになっていました。そして、とにかくもう、万策尽きて、首が回らず。

我ながらあまりに唐突な断筆宣言であると思います。特に武士がなんか探してるみたいなシリーズものをこれから予定していたところだったんですが、全然面白くないし丁度良かったです。あと最後まで謎だったのが定期的に拍手をしてくれている方、ありがたいけど金玉を痛めたみたいな記事に一番拍手がついていたんですがどういうことでしょうか。いやがらせでしょうか。

とまれ、面白いことはいつだって考えているし、書きたいことだって本当はまだまだあります。また何かしら書きたくなる日も来ると思いますが、とにかくここを終了するという形でしか始めれない。次やるならばもっとコンセプチュアルでスタイリッシュなブログにしたい。誰も見ていないようなブログでしたが、それでも少しでも面白がって見てくれた人がいたのなら、ありがとうと云いたい。

本当にありがとう。見てくださった、或いは一度も見ていないあなたに愛を込めて。高校入学当初、一瞬だけ「妖精」というあだ名で呼ばれていたことは、僕とあなたと二人だけの秘密です。また会いましょう。

2010年10月20日快晴 お米の妖精、植本
.20 2010 ノスタルジー comment6 trackback1

ぶし☆さが Episode1

段々畑の中を一人の武士が、一心不乱に何かを探している風であった。
日差しが強く武士を射抜いていた。

武士は大根の植わっている畑を注意深く念入りに探していた。やや屈み腰の姿勢になり、足で大根の葉を乱雑に分けながら探す具合からして、探し物はそれほど小さな物ではないことが見てとれた。といってこの畑、広さは凡そ六反ほどにもなろう立派なもので、この界隈では名の馳せた豪農の所有物である。例えば銅銭程度の細々したものであれば、見つけ出すのは絶望的、探す意欲すらわかない、と思える程に畑は広大であった。

「しかし…」武士は思った。

しかし、確かにこの辺りにあるはずなのだが、一向見つからんではないか。午の中刻過ぎに到着し、現在未の下刻といった頃合い。もはや日も傾きつつあるというのにどういうことだ。これは一芝居打たれたか。

武士がそう訝るのも当然で、大体このような辺境の畑に一介の武士が探し求めるものなどあるはずがない。武士は騙されたことよりも、自身がまんまと手玉にとられた己の滑稽さに腹を立てた。

「しかし、いや待てよ…」また続けてこうも思った。

いや待て、仮に拙者が騙されておったとしよう。しかしそれによって先方に生ずるメリットなど皆無に等しく、せいぜいが己のいたずら心を満たすくらいのものである。が、これまたしかし、もしかしたら、これはちょっとあり得るかも知れん。何故というに、拙者がこの度探し物の依頼を請けたもうたクライアントというのは、一国を治める大武将、天下の徳川家康であり、もちろん井上陽水ではない。かような大成功者というのは、辿り着くところまで辿り着き、ごうごうと野心に燃えるということも無いであろうし、今後の人生に於いても一抹の不安すら無いはずであり、余暇、道楽に己が全精力を注ぎ込むことにこそ最大の法悦を感ずるのであって、それにかような大武将ともなれば、大概が常人の理解を越えた、ある種クレイジーな素養というのを持ち合わせているものであり、逆説的に凡庸との差別化なくして天下など獲れるものではなく、やはり拙者は騙されているのではなかろうか、不安。こうしている今ですらスタッフ達はどこか遠くから拙者を見てほくそ笑んでいるのではなかろうか、今にもヘルメットを被り、大成功と書かれた看板を持ったリポーターがしゃらくさい効果音を伴い突撃してくるのではないか、拙者、不安。

段々畑は見渡す限りどこまでも続いていた。武士は迫り来るドッキリという名の恥辱と恐怖に怯えながら、竹筒から水を一口ごくり、飲み干した。その手は微かに震えていたが、これを武者震いというのは少し違っていた。

武士は己が不安を掻き消すようにもう再三に渡り見返したであろう家康公から頂戴したくたくたの地図を広げた。その地図には目的地部分に×印がしてあり、矢印で「このへん」とだけ表記されていた。8bit時代のRPGのマップよりも簡素なものであった。

これだと細かなニュアンスが伝わってこなくて困るんだよね、武士は思った。これは地図を受け取った際にも思ったことであるが、では何故武士は家康公に対しそのような意思を表明せんのかというと、それはそのようなことを少しでも口走ろうものなら即刻打ち首獄門だからである。武家制度というのはかように絶対的なものであり、また武士に於いても主に対して忠義を尽くすこと、命を懸けて奉公することを何よりの美徳としていたのであり、まこと難儀な時代であった。

武士は、やってらんねー、そう言って大の字になると空を見上げた。みちみちに膨れ上がった入道雲が美しくて、少し泣いたかもしれない。
武士は顔面を手のひらで覆いながら思案した。

このまま見つからずにおめおめと帰ろうものなら打ち首、とまではいかぬが拙者にとってはこれ一生の恥。対外的理由で切腹は余儀なく、拙者とてまだ若い。まだ良い女一人抱いておらず死ぬには惜しい。かといってこのままではなんの打開策もなく、例え見つけて揚々都まで戻ったとして「遅いじゃん。君、明日から来なくて良いから」とかいって結局世間体を気にして切腹せんければならん。何故かくも我々は建て前に生きるのであろうか。皆が盲信する建て前は最早本音ということか。拙者は己の矜持を守って死するよりも、恥辱にまみれてでも生きてゆきたい。もうこうなったらバックれてしまおうか。

武士がそのような思弁に耽っていると、背後でじゃり、土を踏む音がした。

「何奴!?」

武士は素早く起き上がると懐の脇差しに手をやった。

「お侍さんがこんなところで何やってるだ」
「うるさい、名を名乗れ」
「おらはここの畑の領主で、ここら一体仕切っとる田中田吾作というもんだけんど」
「左様か。失礼した。拙者は幕府より任務を給って参った尾之上ロールパンと申す」
「はあ。けんどなんでそんな立派なお侍さんがこんなとこさいるですか」
「それが拙者にもわからぬのでござるー」

ござるー。ロールパンはまるで、ばたんきゅー、とでもいうようにチャーミングなござる口調でもって田吾作へ助けてアッピールをした。それからロールパンは事の顛末を丁寧にゆっくりと説明した。今自分が置かれている立場、ドッキリの疑いがあること、武家制度に対する抜本的批判、そしてそれらに対するソリューションの提案はないか、など田吾作の目を見ながら沈着冷静に、時に熱情を帯びて、打ち明けた。

田吾作はやはり若くして名を馳せた豪農だけあって、持ち前のおおらかさ、たおやかさは絶妙な間の相槌と 「私は今、真剣にあなたの話を聞いています」 という表情や雰囲気にも如実に散見され、というのも農業というのは実に不条理なものであり、常に雨期だとか乾期といった天候に左右されやすく、成功するためにはある一定の忍耐力、懐の深さ、失敗から何かを学ぼうとする前向きな姿勢、などのパーソナリティが必須なのであって、これに於いてこの田吾作、人々の信頼を勝ち得て当然、豪農と言われるだけの所以はある男であった。

二人はひとしきり、武士も色々大変だね、いやいや農業だって、しかしこんな時代だから、と最終的に全てを時代のせいにし終えると、打って変わってふいに沈黙が訪れた。それは断じて初対面の二人が見せる気まずい沈黙などではなく、互いが何か思案している、それを互いが承認している、そのようなコンセンサスに満ちた付き合いの長い者同士が見せるような沈黙であった。

ロールパンは体育座りで自身の手のひらをじっと見つめていた。田吾作は座りながら両手を後方に着き、足を伸ばして空を見上げていた。

ふと、田吾作が言った。

「けんど、探し物って一体何を探してたんだ?」
「夢…かな…」
「いやいやマジで」
「ええとね」


「妖刀ムサラマ」


ロールパンが抑揚なく答えると、和やかだったはずのムードは一転、張り詰めたものになった。




…To be continued
.17 2010 ショート・ショート comment0 trackback1

私がサッカーオタクである1000の理由と星の数ほどのノスタルジックと唯一の贈る言葉

田舎の子供には二つの選択肢しかない。それはサッカーか野球かである。

大自然に恵まれた小規模な漁師町。それが私の原点である。札幌市中央区、とあるビルディング9階の喫煙所から西の空に赤く燃え立つ雲を見ると、思い出すのはいつだってかつての田舎の夕景である。私は堪えきれず目を逸らす。些細なありふれた都会の夕景ですら、否応なしに私の記憶へとアクセスしてくるのだからやりきれぬ。そんな時、私はどんな表情でいるだろうか。きっと優しい表情をしているはずだ。

野球が嫌いであった。硬いものが自分めがけて猛スピードで向かってくる、しかもそれを己の全存在を賭けて全力で投じてくる人間がいる。球が自身に当たってしまうかもしれぬ恐怖。その発端は人間が放るという部分にある。私はバッティングセンターであれば何の問題もなく柵ごえを連発するであろうが、こと草野球ともなると話は別である。同じような理由で耳掻きなんかもされるのが苦手である。確かに人間というのは過ちを犯すものだしそれが人間らしさとも云えるのだが、しかし幼少時分より私はどうしても人間が信用できなかった。何故なら、自分自身が最も信用の置けない人間だったからである。

かつて私は村一番の問題児として毎日の回覧板紙面を賑わせておったのだが、ただでさえ事件の少ない田舎に於ける数少ない話題提供に貢献したという意味で、今となっては感謝してほしいとすら思っている。ともかく私はクレイジーなド餓鬼であった。万引き・下級生いじめ・中学生襲撃・不法侵入・深夜徘徊、と一通り悪いことはしてきた。中でも歴史に残るであろう三大事件というものがあって『お通夜爆竹襲撃事件』『連続自販機破壊小銭窃盗事件(完全犯罪)』『ピザ屋放火大爆発未遂事件』この三つは本当に洒落にならないものであろう。

私は腕っぷしは弱かったが、口が巧く人心掌握術も心得ていたので、常にオーガナイザーの立場でありド餓鬼共の頂点に君臨する存在であった。私は当時より過度な刺激ジャンキーであって、というか頭のネジが何個か外れており、その日も何人かの子分を引き連れおののく彼らを巧く口車に乗せつつピザ屋に火を放とう、という段に至った。それに理由などはなくて、理由がない分狂っているとも云えるのだが。私はド餓鬼共に適切な指示を与え、ピザ屋の裏手に周り込み、キンチョール+ライターという今日ではバイオハザードにも登場する簡易型火炎放射器を用いて火を放った。当然ながら灯油は家からかっぱらってきたものを適当に撒き散らしている。

火はあっという間に燃え広がった。ばちばちと音をたてる炎を見て初めて私は恐怖した。私は逃げるぞ、と強く短く云い、ド餓鬼共を引き連れ山の上へと姿を眩ました。山上から惨状を見下ろしていると人々がわらわらと集まってきて何事かを叫んでいる。ほどなくして二台の消防車が到着した。私は幼いながらに、もう引き返せぬところまで来てしまった、という思いを強くし、夕景か炎かもわからぬ赤く燃え立つ何かを見つめ、私は自分がなぜそんなことをしたのか、自分自身ですら信用出来ぬ、今すぐにでも消えてなくなりたい、と強く思ったのだった。餓鬼共の一人が被っていた横浜マリノスのキャップを今も鮮明に覚えている。

幸い、ピザ屋は一階部分が半焼という程度で済み、おおらかな時代だったか知らんが我が家は特に法的ペナルティーを受けずに済んだ。私の父はPTA会長・町内会長も務めていたから何か子供には見えざる権力が動いたのかもしれない。詳しいことはよくわからない。その夜、私は父親からリコモンや孫の手などを用いて殴る蹴るの暴行を受けたあげく母親監視のもと、泣きながら反省文を書かされ以降しばらく外出禁止の命を通達された。そうして私は自室に籠った。猫とゲームと漫画、窓から眺める夕景だけが私の世界であった。時折、両親の口論が聞こえてきた。「だから子供は要らないって言っただろうが」父親の放った一言が今も鮮明に残っている。私は何のために生まれたのか。存在意義を探していた。

そのようにして私は人間を信用できなくなり、野球を嫌いになり、消去方的にサッカーへ深く傾斜してゆくわけだが、この負の連鎖は以降高校へ入学するまで連綿と続くこととなる。

そして文末に。かつて無償の愛情に飢えていた私を海のような深さで優しく包み込んでくれた女性が結婚したという。思えば初めて触れた温もりだったかもしれない。おめでとう。心から嬉しく思います。目一杯幸せになっておくれ。

私はこれからも過去を見ながら未来方面へと進んでゆきます。時折、あなた方を思い出したりするかもしれない。
.15 2010 ノスタルジー comment2 trackback0

僕らは同じ空の下で同じ空を経験しない

インターネットの到来により、それらを基盤とした種々雑多なアーキテクチャの疑似同期は現在進行形でリアリズムに近づき、そして同じ分だけ遠ざかっている。

mixiやらtwitterやらのプロフィール欄を見ると大抵の人々は全てを好きなもので埋め尽くしている。
それはつまり“こういうものが好きだから私はこんな人間だと捉えていただいて差し支えない”或いは“こういうものを好きだと標榜したい”と云った誰しもが持つ自身の矛盾や多面性をある既存のパッケージに落とし込む作業であり、それはパーソナリティの簡易的なメタデータ化による自己言及の放棄である。

コミュニティ、或いは出来事によってのみ成立する関係性が、コミュニティの一部に溶け出し、円環するシステムの歯車として機能する快楽によって我々を支配している。その世界に於いて実体は限りなく虚体へと近づいてゆく。痛みを失った痛みが物語を埋め尽くしている。

草食系男子というものがある。それは何かと云うと私もそんなに親切ではないので詳細はググれ。ヤフーでググれ。
しかし私も鬼ではないので端的に云うと“女性に積極的でない男子”“性欲の無い男子”ということなのだろうが、それではオタクか、というとどうやらそうでもなさそうなのである。思うに彼らと一般のオタクとの相違は、オタクが現実世界の女への欠乏からバーチャルへ向かうことでより女性への欲望を強めるのに対し、彼らは端からコミュニケーションに何らの期待もしていない、というニヒリスティックな態度の部分であろう。つまり前述した“喪失されゆく実態”の影響は現状彼らによって最も顕著であり、彼らにとっては恋愛やセックスや或いは異性そのものが喪失されているのである。私はこれらの現象を“3D病”と勝手に呼称するので皆様も勝手に使っていただいて構わない。

しかしながら、恐らく世にのさばる草食系男子の大半は、スキニーデニム・カーディガン・お洒落眼鏡・瑛太風ヘアスタイル、と最早新しい価値を伴い一人歩きし出した“エセ”草食系男子だろう。だって奴等、セックスしまくっている。だから私は彼らを“少女漫画系男子”と呼称したい。私はやおい文化について明るくはないが、まるで少女漫画の登場人物をそのまんま切り抜いた様な彼らは、要するに女性によって求められた一つの像である。初音ミクを代表とする現代的キャラクター消費文化を引き合いに出すまでもなく、このようにして万物は全て二次創作化している。

と、以上起き抜けによく熟慮もせず書いた。大いに説明不足だろうしキーワードを羅列したようなアフォリズミカル(金言的リズム感覚)な文章となった。これは言い訳ではなくある種、私の特徴だと思っている。そもそも私は集中力が一時間しか持たないのでその時間内で書き終えられる文章でないと面倒になって書かん。だから長文を評価せん。丁寧な説明というものが嫌いで幼少より“前提は最小に、出来れば全く省かれるべき”と考えていた。何故ならその隙間に想像力は滑り込むのだから、私は単にあなたの想像力に期待しているし、あなたに何事かを考えさせる対象であれればそんな素晴らしいことはないと思う。私を見て誰がどう思っても良いのだ。


僕らは同じ空の下にいながら同じ空を経験することが出来ない。


OKOME blogよ、未だ見たことの無いものを見せてくれ。
.13 2010 ノスタルジー comment2 trackback0
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