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オリンピック代表がナイジェリアに負けた夜、私は怒りに打ち震えていた。


日本代表に?否。反町監督に?否。mixiニュースに日記を書いている多くに、である。以下のような日記が大半であった。

「全員サッカーやめたほうがよくね?」
「もう帰ってきていいよ」
「ヘタくそ」
「恥ずかしい試合しやがって」
「これ以上日本の恥をさらさないでほしい」

なにを見ていたのだ?まさか日本がアメリカを圧倒し、ナイジェリアに競り勝つとでも思っていたのか?彼らは凡そ、現段階のメンバーで出来うる一つのやり方で戦っていたし、しっかりファイトしていた。戦術批判、監督批判、協会批判、ではなくして「恥ずかしい試合をした」とはどういうことだろうか?別に恥ずかしくも何ともない。相手の方が強かった、それだけだ。日本はそれほど強くない。やはり、“ゴールデンエイジ”の亡霊が未だに憑きまとっている。皆、日本は強いと勘違いしてしまった。

日本のサッカーレベルの低さに対する嘆き、と捉えれば良いのだろうか。いや、そうだとしてもこれらの日記に微かに漂っている“悪意”には目をつぶってはいられない。

例えば

「あいつは最後まで全力で走っていなかったぞこのやろう」
正当な批判である。

「1トップは機能していなかったのに何故システムをいじらなかったばかやろう」
正当な批判である。

「日本は何で弱いんだよくそやろう」

大衆が言っているのはこういうことである。頭ごなしの感情論でしかない。いつだって大衆は安全な場所から文句だけは言いやがる。揚げ足取りの行き着く先は、殺し合いでしかない。批判するにも根拠が必要である。そうでなければ、あなたたちに用意されている解答は沈黙しか無い。



と、熱くなってしまったので4コマは後で掲載する。楽しみにしている一億二千万の皆様、申し訳ない。こういうのは熱があるうちに掲載しなくてはいけない。4コマを描いてる暇はないのである。




どうやら、ハードルがあがったことは確かなようだ。

8年前、シドニーオリンピックでサッカー日本代表がアメリカに敗れた夜、私は塾を休んだ。

「はてな」という独身女性が実家で経営する私塾で私は英語を習っていたのだけど、試合に破れうなだれる日本選手とは対照的に節操無く歓喜を爆発させるアメリカ人に言いようのない不快感を覚え、それ以降英語力の向上には一切興味を持たなくなった。故に私が知っている英語は「セックス」と「フリーセックス」しか無い。それほどまでに当時の私にとってはその敗戦がショッキングな出来事だったのである。

8年前のオリンピック日本代表というのは今とは比較できないほど注目度が高かった。メンバーを挙げてみても、中田英、中村、宮本、松田、中澤、稲本、柳沢、と日韓・ドイツワールドカップの主力選手がズラリと揃う。怪我の影響もあるが小野伸二、遠藤、小笠原が落選したことからもその選手層の厚さが窺えるだろう。間違いなくこの世代は日本サッカー史に於いて一つの時代を造った“ゴールデンエイジ”なのであった。

当時はWOWOWがスペインリーグの放映権を買収する以前で、中学生でサッカー小僧であった私はスペインやアルゼンチンなどの良質なサッカーを無料で見ることができた。そこで目を肥やし、必死に選手の名前と特徴を覚え、ネットの掲示板で情報交換をして、マニアックな知識を身につけていった。そういう時期だった。

そんな私がこの“ゴールデンエイジ”に熱狂しない訳がない。その頃というのは記憶にも新しい日韓ワールドカップが開催される前々年ということもあり、日本国中をお祭りムードが支配し、選手達はメディアへの露出が極端に増えアイドル化され、中田英寿などは時代の寵児としてもてはやされていた。つまりミーハーファン、にわかサッカーファンが大量生産されたのである。そして私もその中に埋もれた一人にすぎなかった。

シドニー以降のオリンピック世代というのは常にこの“ゴールデンエイジ”と比較される運命にある。曰く「今年は不作だ」「谷間の世代だ」と。それに伴い、オリンピック代表への注目度も急速に低くなり、今日ではメディアへの露出も減り、代表の集客率も軒並み減る一方である。数年前まではゆめゆめ信じがたいことではあるが正直、私はこの現象に一人愉悦を感じていた。取り上げられたおもちゃを奪い返した子供のように、また「私だけの密かな楽しみ」が戻ってきたようで、歓迎だったのである。

今日、わざわざ仕事も休みをとってアメリカ戦を見ているときに友人からビアガーデンに行かないかとの誘いがあった。私は丁重に断ったのだが、そこで改めてこの世代への無関心度に気付いたのである。8年前であったらこんなことは無かっただろう。サッカーが好きな人もそうでない人もスポーツバーか或いは家族で見ていたのではないか。そういう雰囲気が確かにこの国を支配していたはずだ。

試合結果を云うと残念ながら日本はアメリカに1−0で負けてしまった。反町監督は「惜敗」という表現をしていたけれど、そこに私は違和感を感じざるを得なかった。私は反町康治という人間を個人的に評価しているし、戦術云々の批判をするつもりは無い。しかし試合を見た限りでは「日本が勝手に自滅をした」という印象である。1トップというシステム、そして梶山陽平の起用には最後まで疑問符が残るばかりであった。

ともあれ私は、8年前に同じようにアメリカに負け、塾をさぼった夜、あの時の悔しさ、怒り、寂寥感を今日、今一度味わった。これには自分自身驚きを隠せないのだが、あの頃、一人暗がりでアメリカ戦をビデオがすり切れるほど見ていたあの頃から、サッカーへの愛情は微塵も風化していないことを実感し懐かしく、そして嬉しい気持ちになった。私にとってサッカーとは、いつだって一人で見るものである。

試合後、他の人たちはこの試合をどのように受け止めているのか気になりmixiニュースの日記を見てみた。約600件ほどの日記がヒットし、それらをシラミ潰しに見ていくうちに私はなんだか悲しい気持ちになってしまった。

「メダルを狙うのすらおこがましい」「何をやっているんだ」「はじめから期待などしていない」「弱すぎる」

などなど、そのどれもが感情論で語られているばかりで非生産的なことこの上ない。きっと皆自分が所属する日本が負けたという苛立だけが先行していて、サッカーが好きな訳ではないのだろう。普段は中村俊輔あたりが出ていないと見もしないくせに、こういう時だけは饒舌だ。私はそれがすごく嫌なのである。皆一様にメディアが生み出すスターを望んでいるだけで本当にサッカーを愛し、応援している人はどれだけいるのだろうか。この国にフットボールの文化が根付くことは果たして、夢物語だったのだろうか。

日韓ワールドカップのあのフィーバーは遠い幻影である。“ゴールデンエイジ”も最早、亡霊である。


だから私はそろそろ英会話を習いにいこうと思う。





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昼休みは近くの公園で過ごす。
コンビニで牛乳と菓子パンを購入したならばいつものベンチへ。右から二番目の位置。ここだとちょうど良い塩梅で背の高い木が日陰を作ってくれるし、あの、鹿を模したであろう奇妙なオブジェも視界に入らず快適なのだ。


本を読む時もあれば音楽を聞く時もある。とにかくこの昼の一時間が長い。かといって会社へ戻れば、上司の自慢話に程よいリアクションをしなくてはならず行くも地獄戻るも地獄。
本当はゲームとかセックスがしたいのだけど、曲がりなりにもここは公共の場である。鳩にパン屑を千切っては投げつけ千切っては投げつけ、ただ時間の経過をひたすらに待つのだ。鳩との契り。


くるっぽー。鳩は言う。毎日パン屑を投げつけているものだから、私の顔を見ただけで寄ってくるようになった。はじめの内は、それこそ二十羽もの鳩が群れて押し寄せてくるものだから懐のドスでいちいち串刺しにしていたのだけど、ある時を境にそれもしなくなった。何故なら、鳩は私の半径50センチ以内には侵入してこないからである。心地よい距離の干渉。その点でいえば上司よりも大分利口だといえる。


というか、私は少し心配である。端から見れば、毎日、定時に同じ場所で鳩にパン屑を投げつける仕事の人、とか思われてないだろうか。いや、思われていても良いのだけど、仕事というよりはむしろ嗜虐なのである。


例えば、千本ノックの要領で左右に振ってみたり、何回かに一回の割合で丸めた
レシートや噛んでいたガムを投げつけてみたり。と、そのようなことをしている。
そうしても鳩というのはなかなかかしこいもので、一回、二回、揺さぶり・フェイクを繰り返すと徐々にではあるが、順応してくる。中には先読みをしてくる者までいて、本当に鳩の成長には目を見張るものがある。



くるっぽー。またまた鳩は言う。近頃になると私が公園に着く前から鳩はもうスタンバイしていて、私がやおらベンチに腰を据えると、鳩はさながら甲子園球児のように腰を落とし、かかとを浮かし、少し前方に体重をかけるのである。ただし足はすごくグロテスクである。



といった具合で、もの言わぬ鳩は、ただパン屑をついばむのに必死で私のサディズムを大いにくすぐる。平和のシンボルであるということも背徳心を昂らせる。これはギリギリ動物虐待ではない。お昼時のささやかな嗜虐プレーである。


――――しかしながら、本当にそれだけ?私が執拗にパン屑を投げつける理由は?




「鳩山由紀夫のハト胸ハトサブレーーーーー!!!!」



そう叫びながら、東ハトの“暴君ハバネロ”を思い切り投げつけたのである。

中学時代から“鳥顔”と揶揄されてきたコンプレックスを込めて。











6月7日、秋葉原で無惨な事件があった。
私はこの事件に際して、少し思うところがあった。

この罪は決して許されるものではなく、犯人は命を賭けて償うべきである、と考えているがしかし、私は彼の気持ちがわからなくはない。

世の中には他者とのコミュニケーションが苦手な人々がいる。
彼らは一般に“オタク”と呼ばれたりするしまた、呼ばれなかったりもするがまあ、そういう人々がいる。彼らは何故、オタクになったのだろうか。いや、というよりも何故、オタクにならざるを得なかったのだろうか。

それは容姿に関係しているのではないだろうか。
肉体的特権をもたない人、顔の造りであったり、声の雰囲気、スタイルの良さ、これらに自信が無い人、自分はかっこ悪いと気付いた人たちは、その自信のなさがコミュニケーションに著しく支障をきたす。目はきょろきょろ、おどおどし、声は小さく吃りがちで、笑顔は引きつる。彼らは次第に他者の目を正視することが苦痛になってくる。
すると、特に学校などでのヒエラルキーは下の方になり、室内で誰とも会わずに楽しめる娯楽を選択するようになる。それがゲームやアニメであればオタクになり、小説であれば文学になり、音楽であればパンクロックになる。と、仮定する。

彼らは他者とのコミュニケーションの齟齬によって、自分の存在について考え始める。彼らは気付いたのである。自分は孤独であるということに。
だから彼らは孤独を知らない人々が苦手である。そのような人々に対して日常的に恐怖と怒りを抱えている。オシャレな人や肉体労働者のような人を前にすると、自分の存在が否定されるように思う。だからEXILEは聴かないし、YOSAKOIも見ないし、カフェも行かない。虚構の物語を冒険し、ネットによるコミュニケーションの匿名性に満足し、自分の存在を否定されない二次元と幼児に幻想を抱く。

そのような彼らが家で一人考えることとは何だろうか。

「みんなぶっ殺してやる」

そう、社会への反撃である。

私もそのような衝動を絶えず内に秘めている一人であるが、それは社会に出るにつれ、具体的に行動するにつれ、確実に摩耗してゆく。現実を知るのである。しかしそれでも耳を塞ぎ目を瞑り、それら一切をかたくなに拒否する人が極まれにいる。本当は現実を知っているのに知らない振りをする。現実を受け入れない。それよりも自分は特別であるというプライドを保持する。その結果、社会へのねじ曲がった表現が実行される。彼らは気が触れてしまった訳でもないし、現実と虚構の境を見失ってしまった訳でもない。ただ、人を殺す程の衝動を表現する手段を持ち得なかっただけである。

と、以上は「たぶんそうであろう」という想像で書いた。この容疑者がオタクなのかどうかもわからないし、秋葉原という場所、そして容疑者の容姿からの勝手な推測である。
しかし、あながち間違っていないのではないだろうか、と思う。何故なら、私の心の内に潜む狂気が時折見せる妄想に、この事件は酷似していたからである。

ともあれ、この事件は徹底的に非難されるべきである。表現手段が無いのであれば、妄想の内で終わらせねばならない。人に迷惑をかけちゃダメです。

被害者の方々のご冥福をお祈りしたい。

合掌







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あなたは“グリエルミンピエトロ”というサッカー選手をご存知だろうか。

知らなくても無理はない。さして有名な選手ではなかったし、もちろんサッカーファンならば当然知っているレベルの選手ではあったが、一般の人が知っているかというと、まず知らないだろう。

私もサッカーファンの端くれであるから、もちろん彼の事は知っているがそれよりもなによりも……ああ、言いたい。“グリエルミンピエトロ”って言いたい。言いたいのである。いや、言いたいでしょ?グリエルミンピエトロ。

このように思わず言いたくなる名前、というものがある。いくつか例を挙げると、
トルコリーグの強豪「フェネルバフチェ」。かわいい。
同じくトルコリーグの名門「ガラタサライ」。強そうだ。
オランダ代表FW「ヘネホール・オフ・ヘッセリンク」長い。
そして朝青龍の本名「ドルゴルスレン・ダグワドルジ」。もうなんと形容してよいかすらわからない。以上あげたもの全て、言いたくなる。すごい言いたくなる。

なぜ私は言いたくなるのだろうか、考えた。
そして気付いた、やはりこれら言いたくなる言葉には共通項がある。
まず大前提として日常的に聞き慣れない響きを持つ。
それは10〜15文字程度のカタカナが最も効果的である。
そして重要なのは「響きから喚起されるイメージ」が豊富かどうか、おもしろいかどうか、なのではないか。

以下にイメージの例を物語として著した。

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                  ・

私は全てに疲れ北欧はスイスを旅していた。アルプスの大自然に触れ広大な山々を見ていると、いかに自分がちっぽけな存在であるかに気付かされる。空は高く澄み渡り
、川はさらさらと緩やかなカーブを描き、小鳥達は美しい音色で生命の素晴らしさを歌にしている。私はとある小さな村を訪れた。そこにはホテルというものがなく、ただ一件だけ小さな民宿のようなものがあった。私は今晩、そこに泊まることにした。
そこを訪ねると、いかにも宮崎駿アニメに出てくるような、恰幅のいい女性が出てきた。歳の頃なら50前後といったところだろう。彼女のつけているエプロンやら三角巾やらが、あまりにも“それ”っぽくて私は思わず笑いそうになってしまった。

「今晩、泊めて貰えますか?」
「まあまあ、こんなところまでよく来たね。さあおあがりなさい。」

そう言うと彼女は戸棚から記帳を出して何やら書き記している。

「一晩で90フランになるけど、いいかい?」
「ええ、もちろん」
「本当はお金なんかとりたくないんだけどねえ」
「ははは、こんなに良いところに90フランで泊まれるなら安いもんだ」
「あんた、うちの息子に似ているね。笑ったところなんかそっくりさ」

と言って、彼女は少し寂しげな表情を見せた。或いはそれは私の気のせいだったのかも知れない。私は彼女のことを、親しみを込めてママと呼ぶ事にした。

「すぐご飯にしましょうか」
「ええ、ありがとう」

暖炉の赤が横顔を照らす。暖かみのある仄かな明るさの中でトマトベースの良い香りが漂ってくる。ぐつぐつことこと、という音も実に心地が良い。思わず腹が鳴る。

「やあ、いい香りだ。お腹の虫も待ち遠しいと言っていますよ。」
「もうすぐ出来ますからね。」

そう言うとママはおそらく仕上げであろう粉チーズを振りかけ、鍋ごとテーブルの上にでん、と置いたのだった。鍋からは絶え間なく湯気が立ち昇っている。その湯気のおかげで中身はまだ完全には見えない。私はまるで漫画の登場人物のようにペロリと舌なめずりをした。

「さあさあ、出来ましたよ。これが我が家自慢の“グリエルミン・ピエトロ”ですよ」

                  ・
                  ・
                  ・


そう考えるとうすた京介が説いた「めそ」の凄さに気付く。たった二文字で聞き慣れなく、脱力感が漂い思わず言いたくなる。すごい。



今酔っぱらっているし面倒になってきたのでこの辺りで筆を置く。








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